ひんやりと、熱を失い青白くなった頬。
二度と開くことのない、瞼。
“お願い、目を開けて―――私を、置いていかないでっ…”
ぼんやりと歪んだ視界に、瞳に溜まった涙を知る。
そうして、伸ばした腕が空を切る虚しさで、すべては夢だったのだと、理解する。
それは昔の記憶。
まだそう遠くない、大切な人が逝ってしまった、あの日の記憶。
失う怖さを知ったから、もう二度と、恋はしないと心に決めた。
CLOVER
「アレルヤ、あげる!」
そう言って、ひょいとトレーの端にまとめた野菜をフォークにのせて、アレルヤのトレーへと器用に移す。
「…」
窘める様な声が響くが、けれどそれ以上の言及はない。
そろりとアレルヤの方を伺い見れば、
「もう、しょうがないなぁ」
眉尻をわずかに下げたアレルヤが、「今回だけだよ?」と優しく笑う。
今回だけだよ?ともう何度、アレルヤに微笑まれただろう。
どんな時でも優しく接してくれる、アレルヤが好きだった。
彼がここに来てからの、大半の時間を共にしてきたこともあって、その“好き”は、他のマイスターやクルー達と比べると、少しだけ強い。
けれど、そこに恋愛感情は無い。
なかば兄妹のように過ごして育まれたそれは、どちらかというと家族愛に近い。
だから、私の感謝の言葉に返るアレルヤの言葉に、変な含みは一切、無い。
「アレルヤ、大好き」
「うん、僕もだよ、」
穏やかな時間。
このままが永遠になってしまえばいいのに…。
愚かしい考えだと思いつつも、柔らかなアレルヤの笑みが絶えることがないのなら、今のままでも…いいのに。
「…なんて、やっぱり愚かよね」
「愚か?…?」
「あ、ううん!なんでもない」
うっかりと口に出してしまった言葉を掻き消すかの様に、フォークを置いて。
頭にハテナをぽんと浮かべるアレルヤに、「なんでもないの!気にしないで」と、掌を顔の前でブンブンと振る。
きっとこれがティエリアならば「何が愚かなんだ?」と深く言及してくるに違いない。
滅多にこんな失態はしないが、それでも、それが「そう?ならいいんだけど」と素直にそれで流してくれるアレルヤでよかったと、ホッと小さく溜息をつく。
「っと、もうこんな時間?!そろそろ行かなきゃ!」
楽しい時間は過ぎるのも早い。
気がつけば、もうあと10分で集合の時間という時間になっていた。
「ご馳走様でした。」
アレルヤに食べてもらった野菜を除けば、今日の朝食も完食だ。
掌を合わせてお決まりの言葉を言って、軽くなったトレーを持ち上げ、席を立つ。
「アレルヤは朝フリーで昼からだっけ?」
同じくトレーを持ち席を立つアレルヤに、振り返りながら声をかける。
「うん、は朝から、いつまで?」
「えっとね、今日は確か夕方までだった…と思…う。」
渡された予定表を脳裏に思い浮かべ、思い出した結果から、少ししょげつつ言葉を返す。
朝からぶっ通しになる自分と昼からのアレルヤでは、昼食の時間は一緒にはならないだろう。
ゆっくりできる時間もあと僅かなのに、と心の中で愚痴かけた時。
がっくりと俯いた自分の頭上に、ふわりと大きい掌がのる。
「そっか、じゃあ夕ごはんはまた一緒に食べられるかな」
見上げれば、優しい笑みのアレルヤがいて。
「うん!待ってるね」
それだけで、昼の分はチャラになってしまう。
天の邪鬼め、とつられて笑う、自分に心の中で突っこんで。
「じゃあ、また夜に」
そう言って、去ろうとした。
自分を「ああ!」と声を上げたアレルヤが引き留める。
「ちょっと待って、。僕、伝言を預かってたんだ」
その言葉に、ふわりと胸に靄がかかる。
「伝言?誰から?」
誰から?などと、聞かなくても、すぐに預け主が誰だかわかった。
けれど、アレルヤの前だから、平静を装うように、なんとか上ずる声を押さえて問いかけた。
そして。
アレルヤの口から紡がれる、こたえはこうだ。
―――ロックオン・ストラトス―――
「ロックオン、だよ」
心の声と重なる言葉に、靄が一気に広がった気が、した。