家族の温もりというものを、僕は知らない。
けれど、それにとても近いものを。
がくれた。
大切に思うこと、慈しむこと。
愛おしいと思うこと。
もちろん、それだけじゃなくて。
泣くこと、怒ること、笑うこと、悲しむこと。
考えること、分かり合うこと。
心配すること、されること。
最初の内こそお互いにどう接すればいいのかわからず、ギクシャクとした日々もあったけれど。
お互いに飾ることなく接するようになってからは、周囲から本当の兄妹のようだと、からかい持て囃されるされるほど。
僕はに特に構っていたし、も用事さえなければ、僕の隣で一日を過ごすことが多かった。
毎日が温かかった。
が、いつも傍に居てくれたから。
CLOVER
「アレルヤ…、まだ…起きてる?」
数回のコールの後に部屋のインターホンから流れてきたその声に。
膝の上で開いていた本を閉じて、ドアの方へと足早に向かう。
「起きてるよ!今開けるからちょっと、待ってて」
近づきつつある扉に向かってそう声をかけて、手早くドアのロックを解除する。
シュン…という軽い音と共に、視界から扉が消えて、変わりにが映り込む。
「…いくら温度管理がされてるからって、その格好じゃ風邪引いちゃうよ?さ、入って?」
そう言って、薄い夜着一枚を無重力に浮かせ、俯いたままテディベアをぎゅっと抱き締め立ち尽くしていたの。
小刻みに震える肩をそっと抱いて、部屋の中へと招き入れた。
時刻はとうに零時を過ぎていた。
のような年齢の女の子を、そんな時間帯に部屋に招き入れるなんて…。
“非常識極まりない!アレルヤ・ハプティズム、君はガンダムマイスターにふさわしくない!さっさとから離れろケダモノ!”
ここにティエリアが居たならば、きっとそう言って僕からをべりっと剥がして背中の後ろに隠して。
ブツブツと朝まで説教をされることだろう。
人目のあるところでは他の皆と同様に接しているようだが、ティエリアのへの構いっぷりはクルーの誰しもがほどほどにしとけよ、と思うほどに凄まじい。
当の本人は誰もそれを口に出さないので、自分がのみを特別に構っていて、その上その構い倒しが過剰だということにすら、気づいていないようではあるが…。
けれど、この時点での僕はまだ、自分の中にほんのりと芽吹いていた感情すら気づいていなくて。
も僕をそういう対象として見ていなかったから。
「肩、冷えちゃってるね。何か温かい物を飲んで体温めよっか。」
僕は招き入れたをそのまま先ほどまでくつろいでいたベッドのところまで連れて行くと。
そこに腰掛けるように促して。
「ここに座って、ちょっと待っててね?いつものココア入れてくるから」
問いかけに、人形をぎゅっと抱き締めたまま、僅かに頭を傾かせたに。
気付かれないようにホッ…と一息をつきながら。
「…と、これも。少しでも暖かくなるように、ね?」
ベッドの片隅に追いやっていた毛布を、縮こまったの背中にふわりと被せた。
がこんな深夜に他人の部屋を訪れることはまず無い。
また、寝静まった個々の部屋をわざわざ訪ねることも、滅多な事でもない限り、無い。
だから、誰も知らない。
が、定期的に眠れぬ夜を過ごしていることを。
そういう自分も詳しくは知らない。
僕が唯一知っていることと言えば。
眠れぬ夜の引き金となっているのが、が見る過去の夢にあるということだけだ。
それすら、偶然の出来事で知ることになったのだけれど。
本当は僕にも知られたくなかったのかもしれない。
けれど、偶然とはいえ、知ることになって、よかったと思う。
「はい、おまたせ。…あ、まだちょっと熱いかも…、ごめんね」
温まったボトルを手渡しながら、の隣へと腰を下ろす。
会話もなく、ただ隣に居るだけ。
それでも…、それだけでも。
独りよりかは、きっといい。
「眠くなったら、そのまま寝てしまっていいから、ね?」
空になったボトルをの手から抜き取って、ゆっくりと毛布を掛けた肩に手を添えこちらへ傾け。
太腿の上に小さなクッションを一つのせ、その上にの頭をコテリと寝かす。
「ありが…と、……アレルヤ」
震える声で紡がれる言葉に、乱れた髪を梳くために伸ばした掌で、の頭をゆっくりと撫でて。
「うん、おやすみ…」
が眠りに落ちるまで、僕はをずっと見ていた。