愛する人達は皆、この掌をすり抜けて逝ってしまった。
父さん、母さん。
大好きだった兄さんに、生まれて間もなかった小さな弟。
轟々と立ち上っていく煙と、灼熱の炎に包まれた家。
あかい夜。
家族の中でただ一人。
私だけが生き残ってしまった、夜。
CLOVER
「―――…っ、父さんっ!母さんっ…いやっ、いやぁあっ!!!」
伸ばした腕が暗闇で宙を掻き。
叫んだ声と、それと同時に見開いた瞳が暗闇に僅かに映し出した見慣れた天井に。
「……ッ、は……ゆ、め…」
それが夢であったのだと、漸く理解する。
生々しい夢。
何度見て、何度その夢から目覚めても。
夢の生々しさに、それが夢であったのだと理解するまでに。
少なくない時間がかかる。
生々しい、夜が赤に変わった日の夢。
今でも体が覚えている。
恐怖で足が竦み動けなくなった私に、逃げろ!と言って私を突き飛ばし。
私の代わりに焔に巻かれた柱の下敷きになったあの瞬間の痛みを。
小さい弟を庇うように、母がその身に受けた銃弾の音を。
そして――…。
“…俺の大切な―――… ”
私を庇って、死んでしまった。
兄さんの命の灯火が流れ消えていく、生温い血の感触を。
舞い上がる焔の熱と。
死していく、体の冷たさを。
私は今でも、鮮明に覚えている。
「…さ、むい…」
薄着のままで出てきてしまったことを若干後悔しつつも。
羽織るものを取りに戻る気力はなかった。
震える躰を片手に持っていたテディベアごとギュッと両腕で抱え込んで。
静かな廊下をひたすらに、目的の部屋を目指して進んでいく。
いくら本人が構わないとは言っていても。
こんな夜も更けた深夜とも呼べる時間に、押し掛けるのには未だに気が引ける。
けれど、一度癒される温もりを知ってしまうと、もうダメだった。
「アレルヤ……、っ…アレルヤ……」
眠れぬ夜に、部屋の空虚さに耐えかねて艦内を放浪するようになったのはいつの頃からだっただろうか。
もう良くは覚えていないけれど、きっと、この組織に加わってから間もなかった頃からだった気がする。
誰かに見られて心配をかけたりしたくなかったから、あまり人通りのない通路を選んで放浪してた。
といっても、気がねなく動ける場所などたかがしれていたから、ほとんどは日用品を収納してある部屋か、宙が見える展望室かのどっちかだったのだが―――。
それでも、皆が寝静まった頃合いを見計らって出ていたから、誰かに遭遇するなんてことはなかった。
仮に、誰かが来ても、気配を察知して物陰に隠れてやり過ごせていた。
だから、アレルヤが物影に隠れた私に気づいて近寄ってきた時には、本当にびっくりした。
“…?”
“ア、アレルヤ…っ…?!”
突如頭上から降り注いだアレルヤの声に、びっくりしすぎて素っ頓狂な声を出してしまった。
驚きびくりと震えた心臓を、胸元に当てた掌で押さえながら、ゆっくりと頭上を仰ぎみれば。
“あ、やっぱりだ”
なんて、呑気な声が返ってくる。
今まで気づかれたことなんか一度もなくて。
むしろ、この物影の隠れ場所に気付ける人間なんて、艦内のことを知り尽くしているティエリア位だと思っていたのに―――。
なんで、気づけちゃうのかなぁ。
でも、アレルヤで良かった。
なんていう、私の心情などはお構いなしに。
アレルヤが話しながら、しゃがみこんでいた私の前へと回り込む。
“こんなところでなにし………って、こんな薄着で風邪でも引いたら…って、体冷えてるじゃないかっ!”
僅かに肩に触れたアレルヤが、突如としてその柔らかな雰囲気を一変させ。
強めた語尾と共に、私の冷えた肩に広げた両の掌ががっしりと添えられる。
“…えっ、……や…、大丈夫だ、から…”
“大丈夫なわけないでしょう?こんなに体冷たくなってるのに…、……ここからじゃ僕の部屋の方が近い、よね…”
僅かに黙り考え込むアレルヤの酷く真剣な表情に、もう一度大丈夫だと言おうとした、その時。
言うよりも早くにアレルヤが動いた。
“……ア、アレルヤ?……えっ、な、何っ………っきゃ…!”
ふわりと体が浮いたかと思うと、アレルヤの顔が酷く近くなった。