約束を、した。
嫌だ…と言ったのに、願掛けだといって、彼は勝手に自分の小指と私の小指を絡ませると。
その絡んだ指に唇を寄せて、“約束”を小さな声で囁いて、フッ…とそこに息を吹きかけた。
一方的に交わされた約束だった。
けれど、それが願掛けだというのならば…と。
絡み合った熱がひききらない小指を、胸の前でもう片方の掌でギュッと包みこんで。
行く彼を見送った。
そうして、どれくらいの時間がたった頃だっただろうか…
回線越しに聞こえる。
繰り返し彼の名を呼び続けるこえに。
私は、彼と交わした約束が。
もう二度と果たされることのない約束になってしまったのだと、悟った。
CLOVER
「…俺、アレルヤに伝言頼んだはずなんだけど?」
トン…と、出口を片手で塞いだロックオンが、そう言って首を僅かに傾けて私の顔を伺い見る。
「あー…私、先に行ってるね?」
クリスが通り過ぎるまで何事もなく立っていただけのロックオンの突然の行動に。
何事かを即座に察したクリスティナが、少しだけ驚き困った顔で私を見てそう言った。
「あ、…うん、少し遅れるかもって、スメラギさんにお願い」
「わかった、じゃあ、後でね」
ロックオンの腕の向こうに居たクリスに、ごめんと小さく謝って。
ここじゃ人目があるから…と、別の場所への移動を促してきたロックオンに。
連れられるままに、ガンダムの格納庫まで気まずい雰囲気を引きずったまま、やってきた。
格納庫の通路の少し開けた一画で、立ち止まり振り返ったロックオンに。
視線を床に落としたまま、謝罪の言葉を口にする。
「…ごめん、なさい」
「ってことは、アレルヤはちゃんとお前に俺の伝言、伝えてたんだな。何で来なかった?」
「それ…は…」
安堵の溜息と詰問で僅かにキツくなった口調のロックオンが。
視線を泳がせ口籠る私に、じり…と距離を詰めて迫る。
“今夜21時にミーティングルームに来てほしい”
昨日の朝、アレルヤから伝えられたロックオンの伝言。
忘れていたわけではない。
時間的に都合がつかなかったわけでもない。
指定された時間は大体フリーになっている時間で。
自室にいるか、いなければ、クリスの部屋で他愛も無い話に花を咲かせて過ごしている。
それを知っているからこその、21時という時間指定だ。
「部屋に行ったらいなかった。クリスティナの部屋にも行ってみたけど、昨日はお前来てない…って」
「……。」
伝えた時間になってもミーティングルームに現れなかった私を探したのだと言う、ロックオンの僅かに和らいだ声を聞きながら。
服の袖をギュッと硬く握り込む。
「き、昨日はフェル…」
「行った。」
「あ、途中で気分悪くなってモレノさんのとこ…」
「そこも、行った。」
言い終わる前に畳み掛けるように告げてくるロックオンに。
震える声で、逃げ道を次々と並べ立てていく。
「じゃあ…そのあとに行った―――・・」
聞かないで。
「…」
「…あ、きっ…と、…ど…どこかで入れ違いに、なっ…ちゃったんだ…ね…」
お願いだから、それ以上聞かないで。
何も、言わないで―――。
ははっ…と俯いたまま、尽き果てた逃げ道にカラ笑いを吐き出せば。
「…」
ロックオンの名前を呼ぶ声が突然急に近くなって。
驚いた反動で顔を上げると、すぐ目の前にロックオンの顔があった。
「お前が行きそうな場所は全部あたった。そして、そのどこにもお前は居なかった。」
近づくロックオンから逃れようと後ずさろうとした背中に、トン…と硬い壁が当たる。
「…っ、ロック…オン…」
「何で避ける?あの晩の事が原因か?俺が何か気に障ることをしたんなら謝る。
でも、何が原因で俺を避けるのか…。その理由くらいは聞いてもいいだろう?」
ちゃんと答えるまで帰さない…と、真っ直ぐに私を見据えたエメラルド色の瞳が、暗に告げている。
沈黙が、二人の世界の時を、止めた。