刹那が彼に渡したデータに、どれだけの情報が記されていたのか。
私は知らない。

けれど、彼に会ってそのデータを渡した刹那が、その後に。
彼と、もう一人の彼は別人だ…安心していい、と通信で告げてきたから。


私は帰艦してくる彼の為に、彼の相棒を連れて。
彼の新たなる愛機となるガンダムの元へと足を向けた。





CLOVER






「イアンさん、もうすぐそれのパイロットがこっちに帰艦してくるそうなので、最終テスト…しますね。」


機体のすぐ傍に座り込み、工具を片手に小型のディスプレイと睨めっこをしているイアンを。
驚かせないように、後ろからゆっくりと声を掛ける。


サイシュウテスト!サイシュウテスト!

そう言って、自分とイアンの間でハロが飛び跳ねるのをくすりと微笑みながら。
掛けた声に振り返るイアンに、お疲れ様です…と飲料水の入ったポットを、どうぞと手渡す。


「調整作業、終わりましたか?」

「一応は、な。まぁ…あとはパイロットとの相性だな。一応標準に合わせてはみてるが…、
お前さんが乗るんだったら今だけお前さん仕様にいじってやってもいいぞ?どうだ?」

「もー、それじゃあテストにならないじゃないですかっ!」

どうだ、んん?と茶化しながら小型のディスプレイだけを手に持ち、見上げてくるイアンに勘弁してくださいよー、と白旗を上げながら。
慣れた手付きでコックピットまで話しながら移動していく。



ふざけた話から、専門的な深く掘り下げた話まで。
幅広く会話ができ、なおかつ年長者なイアンは、このCBの中ではとても頼もしい存在だ。

「ははっ、それもそーだな。っと、前に言ってた重心な…一応言う通りに変えてみてるんだ。そこん所も見といてくれ」

「りょーかい。じゃあ、少し外、出てきますね。ハロ、行こう」


サイシュウテスト!サイシュウテスト!
ケルディム!テスト!

コロコロと周囲を転がっていたハロを呼び込みながら、コックピットに潜り込む。
最終テストの操縦が終わったら、渋いお茶でも飲みながら、つい先日に思いついた装備について聞いてみようか。
イアンならばきっと、実用的に私の意見を組み直してくれるだろう。

そんな、テストが終わった後のことを考えながら、コックピットのハッチを閉める。
一瞬の暗がりと、その後すぐの起動音とともに多彩に点滅しGUNDAMと表示されていくモニターをみながら。
定位置についたハロに手を伸ばす。

「ハロ、記録よろしくね」

さわり…とオレンジ色の愛らしい球体の頭頂部を掌でひと撫でして。
マカサレタ!マカサレタ!という威勢のいい声を発するのを聞きながら。
ほんの少しだけ瞼をぎゅっと閉じて、操縦桿を強く握る。


“私の願い。彼の、願い。大丈夫――…私は…”



僅かに震えていた掌を、再度操縦桿に強く握りつけて。
開ける視界にスゥ…と意識を集中させる。

「ミレイナ、ハッチを開けて」

「わかりましたですぅ」

ディスプレイに表示される細かな設定を確認しながら、その傍らで通信回線を開いて。
応答したミレイナに最終テストのオペレートを頼む。





ディスプレイの一角に表示される、「Lockon Stratos」というマイスターの綴り。
この名前が再び、ガンダムに綴られる日が来るなんて。
つい最近まで、思ってもみなかった。

「ロックオン…」

小さく囁いた声に、ハロがその名を繰り返す。

ロックオン!ロックオン!ネライウツゼ!ネライウツゼ!

「そうね、ハロ。ロックオンがちゃんと狙い打てるように、万全に準備をしておかなきゃね」







「ケルディム、射出準備完了。タイミングはさんにお任せするです!」

回線から流れてくる愛らしい声にくすり、と笑みを浮かべて。

「じゃあ少しだけ、行ってきます。 ケルディム、、出ます!」

掛け声と共に、宙へと飛び出た。




刹那が言った。
彼は彼ではないと。

彼であり彼でない人だから…
だからこそ、出来うるだけのすべてのことを。
しておいてあげたい。

そんな思いを、胸に抱いて。