彼の眼には何が映っているのだろう

彼の眼は、何を映しているのだろう






DEEP * SLEEPING







「定期健診にきたよ、E-57」


冷たく重い扉の開いた先にいる、青年へと声をかける。

「気分はどうかな?ご飯はちゃんと食べてる?睡眠は?」

立て続けに問いかけて、備え付けの小さな机に、手持ちの鞄を置いて、広げる。

立て続けに問いかけるのは、応えがないと知っているから。
それでも、問いかけてしまうのは、ほんの僅かな期待が、自分の中にあるから。


拘束されて手酷い拷問を受けてもなお、掻き消えることのない彼の自我。
おかしくなってしまった、完全に壊れてしまったと周りの連中は言っていたけれど、自分はそうは思わない。

如何に耐性のついた体であっても、身体的に苦痛を伴う薬物に耐えることは並大抵ではないし、耐えたとしてもその苦痛を耐える間に精神が壊れかねない。
実際に、過去の実験で精神が壊れてついに自我を失ってしまった被験体を、自分はこの目でたくさん見ている。
彼に投与された薬物は、自分が知っているものの中では一番キツい代物の筈だ。
アレを投与されて、壊れなかったものなど、自分は彼以外に知らない。



「今日は採血をしにきたんだ。」

鞄から取り出した採血器具をトレーにのせ、拘束具に雁字搦めにされた彼へと近づく。

虚ろげにどこか遠くを見たまま、動くことのない彼の瞳。
それは、手足はおろか、声をだすことすら禁じられた彼に残された、ただ一つの自由。

その自由な世界の前に、立ちはだかり、肩口にかかる髪を払い除けて、露わになる首筋へと採血器具をそっと宛がう。
そこまでの動作でも、彼の瞳は一寸も揺らぐことなく、どこか遠くを見据えたまま。


「少し、痛いよ。ごめんね」

言いながら、首筋に宛がった器具の針を彼の肌へと僅かに押し込む。

本当ならば、このような特殊な器具など使わずに、腕から普通に採血をしたい。
それができないのは、彼が超兵と呼ばれる存在だからだ。


実際に超兵というものがどれほどのものなのか、自分は知らない。
先に超兵として実戦投入された子は、自分の受け持っていたプランとは違っていたため、その実力は、緻密に計算され弾き出された数値的なデータ上のものを知るだけだ。



「はい、終わり。髪…伸びちゃったね。」

採血器具をトレーに戻し、傷口を隠すように肩の後ろに流れた髪を元の通りに手櫛で梳き戻す。

「今日は手持ちがないから、次来たときに少し、切ろうか。そうしたら、君の気分も少しは変わる…かな?」

彼がここに来て、自分が彼の担当となってそろそろ1年が経とうとしている。
彼と初めて会ったときは今よりかなり短かった筈だ。




、そろそろ面会時間が終了します。検診の方は…」

突如部屋に響き渡る声に、触れていた手をさっと引っ込め、部屋の隅の一角へと体を向けて言葉を返す。

「ええ、今ちょうど終わったところです。器具の片づけがありますので、2分後にお願いします」

「わかりました。それでは、2分後に扉の前にお願いします」


次は彼の散髪もしたいから、今日より多く面会時間を貰わなくちゃいけないかな。
そう思いながら、トレーにのせていた器具を鞄の中へと片付ける。

そうして、しまいこむ器具と入れ替わりに、液体の入った小さなビンと脱脂綿をトレーへと置きなおす。



「少しは、眠らないと…ね」

軽い音をたててビンの蓋を取り外し、その中に小さく丸めた脱脂綿を落とし込む。

少しずつ、ビンの中から部屋へと充満していく甘い香りは、もうすぐ彼を強制的に眠りへと誘うだろう。







「おやすみ、…アレルヤ」