唐突に、酷いことをしてみたくなった。

「珍しく、一緒じゃないのね。…ほんと、珍し。まぁ、好都合でいいんだけど…ね?」


呟いたが早かったか、突き刺した薬剤入りの注射を押し込んだのが早かったか。
それでも、背後で紡いだ言葉の最後までは、聞こえなかっただろう。
Dr.モレノから知識を継いだ私が作った、アレルヤ専用の薬―――なのだから。
きっと、言葉の半ばでは意識は深い眠りへと落ちた筈だ。
そんなことを考えながら、それも今となってはどうでもいいか…とおざなりに考えることを放棄して。

「遊びましょう、アレルヤ?」

床に力なく身を投げ落し、深い眠りに落ちている。
重く閉じられたアレルヤの瞼にそっと、キスを落とした。





唐突?
ううん、実際は唐突でも何でもなくて。
苦しむアレルヤの姿が見たかった。

純粋に、私の行動に苦しみ歪むアレルヤの顔が、見たかった。


だって、面白くないこと続きなんですもの。
それ位、許してくれたっていいじゃない?






籠の中でと。






「くすっ……くすくすくす………くすっ…」

開けていく視界いっぱいに広がる暗がりの空間に。
どこからともなく妖艶な女の嗤い声が響いてきて、暗がりの室内に木霊していく。


「っ………ぅ……」

アレルヤはそんな女の声を何処か遠くに聴きながら、徐々に虚ろだった意識を覚醒させていった。


「こ………こ…は…」

発した声が暗い室内で擦れて響く。
そこでやっと、アレルヤは自分が長いこと意識を失っていたのだと気が付いた。


「ここは…、籠の中、よ…」

アレルヤの疑問に答えるかのように、何処からともなく響く声。
その声は先ほどのそれとは打って変わって、冷水でも浴びせられているかのようにアレルヤの心に冷たく降り注いできた。


「こ、の……声…はっ…」

絶対に聞き覚えのある声なのに、覚醒していく頭の中に幾重にも重ねられたヴェールのように重たい靄が思考を遮る。
考えたいのに、考えられない。
躰がふわりと浮いているような、変な浮遊感が気持ち悪い。


「っツ…誰!?それに―――…、ここは…ここは何処なんですかっ…!?」







暗がりで何も見えないことに多少の焦りと不安が入り混じり。
頭にかかった霞に遮られ、正常な思考力が削がれた状態で。

それでも、アレルヤは果敢にも声を荒げて。
こんなコトをしでかした首謀者たる私を問い詰める。

正常な判断力があったならば、こんなことをアレルヤはしない。
私に――アレルヤ・ハプティズムという躰と関係のあった私に、キツい言葉など絶対に使わない。


「どこだと、思う?それと、あまり派手に動こうとすると、擦れて傷になっちゃうわよ?」








近づいてきた声が紡いでいく言葉と、冷たい指先が。
掌から手首の―――革の拘束具に触れてきて。

そこでようやくアレルヤは、自身の躯の自由が利かないことに気が付いた。


「ッ……な……何なんです!?これはっ…?!」

動揺を隠せないまま、アレルヤがまたも声を荒げ。
手首と足首を僅かにバタつかせて非難の声をあげてくる。



暗がりで細かなことまでは分からないが。
自分の手足が、鎖のような物で拘束されていて。

―――動けない。

それに、先ほどから全身の反応も僅かに重たく感じる。

…薬?
何のために?


思うままにならない四肢と状況に、更に思考が追い付かなくなる。

どうして…、何故、誰が…?


ぐるぐると鈍い思考でなんとか考えようとしていると、近づいてきた女の影が。
アレルヤの顔を更に陰らせるように、影を濃くして重なってきた。

女は、そんなアレルヤの姿を見て、にっこりと微笑むと。
トレーの上に置かれていたらしい、銀色に煌くメスをカタリ…と音を立てて、白い掌でギュッとその柄を握りしめる。
綺麗に磨き上げられたメスが、掲げられたと同時に点灯した一つの明かりによって、漆黒の闇に一条の光をもたらす。



キラリ…


アレルヤがその光に気付いたのは、その鋭い切っ先が自分の喉下に向けられた時だった。


「っ……ッ……」


「これでもまだ薬の濃度、押さえてるのよ?だから、ちゃんと私のこと理解して?ねぇ、アレルヤ…」


そう甘く囁いた、女の声が降り注ぐのと同時に、塞がれる唇

強引に絡めとられる舌

手馴れた戯れ



「―――っン……ぁ……は……………っつ…くっ!」

離される口付けと共に、口内に広がる苦み。
苦みと共に、晴れていく頭の中の靄。


妖艶に自分を見下ろす見知った顔に、咄嗟にその名を呟いた。



「…………?」


「…えぇ、そうよ。わかってくれて嬉しいわ、アレルヤ。」



女、はアレルヤの呟きににっこりと微笑んで言葉を返すと。
飲み込めない事態に、未だ当惑しているアレルヤへと再度深く、唇を重ね合わせた。